日本には国境を越えた資本が流入している。それでも評価額のギャップは埋まっていない
5,500億ドル規模の日米投資基金と、AIスタートアップ過去最高の26.5億ドル評価額。同じ年に両方が実現しても、日本のディープテックが米国の同等企業に対して抱える評価額のギャップは埋まっていない。
2025年9月、日米両政府は5,500億ドル規模の対米投資を日本が実行することを定めた覚書に署名した。対象は半導体、医薬品、重要鉱物、エネルギー、造船。資金は国際協力銀行(JBIC)と日本貿易保険(NEXI)を通じて調達され、全額の拠出期限は現政権の任期が終わる2029年1月とされている(Bloomberg)。その2か月後、元Googleの研究者3人が創業した東京のAIラボが1億3,500万ドルの資金調達を完了し、評価額は26億5,000万ドルに達した。非上場の日本企業として過去最高の評価額である(TechCrunch)。
並べて見ると転換点に映る。政府レベルの資本が大きく動き、日本のスタートアップがついにシリコンバレー並みの値付けを得た。でも資本の量が増えたことと、その資本が正しい相手に正しい価格で届くようになったことは、別の話だ。見出しの数字ほど、後者は解決していない。
5,500億ドルの基金を実際に流れるもの
9月の覚書は政府間の枠組みだ。米商務長官が議長を務める投資委員会が案件を推薦し、最終判断はホワイトハウスが下す。日本側の資金はJBICとNEXIという公的な融資・保証機関を通す。ベンチャーファンドではない。対象は半導体、医薬品、重要鉱物、エネルギー、造船で、どれもアーリーステージのディープテック投資として設計されていないし、ガバナンスの仕組みもベンチャーファンドが投資先を選ぶプロセスとは似ていない。
理由は単純だ。5,500億ドルが2つの政府の間を動いても、それだけで日本人創業者へのタームシートが1件近づくわけではない。この資金が構築するのは産業インフラだ。ファブの生産能力、送電網の容量、鉱物供給網。スタートアップの値付けを実際に決める資本は、また別のところから来る。
Sakana AIはまだ一社だけの事例
Sakana AIの調達ラウンドは対照的な事例だ。日本企業が2年足らずで25億ドルを超える評価額に到達できることを証明した。三菱UFJフィナンシャル・グループと、Khosla Ventures、NEA、Lux Capitalが同じ資本構成表に並ぶ、クロスボーダーな案件でもある。ただし調達完了時点で、その評価額に達した日本の非上場企業はSakana AI一社きりだ。天井が存在すると分かっても、その下の市場全体が動いたとまでは言えない。
このギャップは、Tech for Impact Summit 2026年の「Capital Without Borders?」ストラテジー・ダイアローグが取り上げたテーマだった。招待制の非公開セッションには、米・欧・日の3つの回廊を横断して資本を展開する投資家たちが集まった。登壇者の一人がBenhamou Global VenturesのパートナーであるMasaru Sakamoto氏。Bedrock Robotics、Glydways、Ekso Bionicsをはじめとするディープテック企業群に、アーリーステージから投資してきた人物だ。セッションの公開説明文は、このパターンを名指ししていた。世界水準のIPを持つ日本のスタートアップが、米国の同等企業より低いバリュエーションにとどまる、と。関税交渉、輸出管理、5,500億ドルの資本回廊がすべてを再編しつつあるなかでも、この構図は変わっていない。ダイアローグ自体は招待制・非公開だったため、本稿が依拠しているのは公開されているセッションの説明文とSakamoto氏の公的な経歴であり、会場内で語られた内容ではない。
資本が動いても、ミスマッチが残る理由
クロスボーダー投資家が日本のギャップを語るとき、個別の案件と関係なく繰り返し出てくる理由がいくつかある。
まず、資本と企業がそもそも同じ場にいない。5,500億ドルの枠組みのような政府間ファンドは、JBIC、NEXI、そして米側の投資委員会を通じて流れる。相手は制度的なカウンターパートで、タームシートを交渉する当事者ではない。シリーズAを調達しようとする創業者にとって、この資本は、たとえ自社の分野が重点分野と重なっていても、現実的な調達先にはならない。
次に、比較対象となる案件がまだ薄い市場でしか値付けされていない。バリュエーション・ギャップが縮まるのは、より高い評価額で成立する案件が積み重なり、次の案件がそれを参照できるようになったときだ。Sakana AIの26.5億ドルは、日本のAIスタートアップの弁護士が今後タームシート交渉で引用できる材料になった。だが比較対象が一つあるだけで、資産クラス全体の値付けは変わらない。米国のディープテックにはすでに参照できる価格のついたラウンドの蓄積があり、日本はその蓄積を、いまも一件ずつ大きな見出しの案件を通じて積み上げている段階にある。
そして、クロスボーダーのデューデリジェンスは、いまも数字だけでなく人間関係を通じて動いている。Sakamoto氏自身の経路がその証拠だ。慶應大学とハーバード・ビジネススクールで学び、NECで長年キャリアを積み、米日双方のスタートアップで取締役を務めてきた。いま2つの市場の橋渡しをしている投資家は、純粋に定量的なスクリーニングを回すファンドというより、両方の市場に精通した個人であることが多い。橋渡しは、双方で長年信頼を築いてきたごく少数の人々を通じていまも機能している。再現可能なプロセスを通じて機能しているわけではない。
2027年に向けて意味すること
政府間の資本コミットメントやSakana AIの調達ラウンドに意味がないわけではない。どちらも環境が変わりつつあることを示す本物のシグナルだ。ただ「資金は来た」ということと「バリュエーション・ギャップは埋まった」ということは別々の主張であり、2025年の見出しが証明したのは前者だけだった。
Tech for Impact Summitのストラテジー・ダイアローグという形式は、こうした未解決の構造的な問いのために存在している。米・欧・日の回廊で実際に働く投資家を、その橋を必要としている創業者や政策立案者と同じ部屋に集める。2027年版は、この対話を主要なダイアローグ・トラックの一つとして継続する。クロスボーダーの資本形成は、引き続き焦点の一つだ。ファンドだけでなく人がそれを機能させているという視点も含めて。
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